2018.12.01リフブレ通信

餅つき

神々しい位、澄み切った空を見上げるときれいでなんともいえない大きな月が浮かび厳かな雰囲気をかもしだし2018年の幕が開きました。2月になると韓国の平昌オリンピックで羽生選手が男子フィギア五輪2連覇を達成し、小平選手の女子スピードスケート500金メダルなど日本人選手の大活躍がありました。ついこの間の事のような気がします。暑過ぎる位暑かった夏が過ぎ、米や作物が豊富に採れた秋も過ぎました。春、期待を胸に入社した新入社員のみなさんも会社に馴染み、笑顔で頑張っていることと思います。月日の経つのは早いものでもう12月、師走です。師走は一年の締めくくりで、様々な行事があります。その中の一つが「餅つき」です。昔は石臼と木製の杵を使って「餅つき」をしていました。今でも商店街や地域のイベントなどでは臼と杵を使っての餅つきを行っているところもあります。やっぱり臼でつく「餅つき」は風情があっていいですね。ところで「餅」はいつ頃から食べられるようになったのでしょうか。諸説ありますが、縄文時代稲作が大陸から日本に伝来した頃同時に伝わってきています。その頃の米は赤米で餅つくりに適していたようです。この時代餅は大変なご馳走だったのでしょうね。その後歴史を重ね平安時代には「鏡餅」が作られるようになり祭事に欠かせない物となります。お正月、節分、桃の節句、端午の節句など様々な節目で食べられるようになってきます。この頃になると餅は神聖で縁起の良い食べ物という意味が強まってきました。奈良時代に編纂された「豊後国風土記」によると「余った米で大きな餅を作りそれを的にして矢を射るとその餅は白いなって飛んでいってしまった。その後、家は衰え水田は荒れ果てた野になってしまった。」という話があります。神聖な食べ物として考えられていたことがわかります。今でも神聖な食べ物として扱い、神棚や仏壇にお供えをします。「餅つき」は前の日から餅米を研いで、水に浸しておき、杵も木が割れにくいように水に浸しておきます。私の子供の頃はまだ暗い朝早くから親戚一同老若男女集まっての「餅つき」でした。私の仕事は餅米を蒸す事で火を切らさずに燃やすことです。餅をつくのは父親とおじ達、母親は蒸し上がった餅米を臼に運んだり「餅つき」の途中で合いの手を入れたりします。祖母やおば達、子供達は餅を丸めるのが仕事です。神聖な「鏡餅」をつくり終えると、いよいよ、つきたての餅が食べられます。子供にとってこれが「餅つき」の一番の楽しみです。私は納豆を包んで食べるのが大好きで何個も食べて「そのくらいにしておけ、腹も身のうちぞ!」と言われ笑われていました。今でも実家に帰り両親、妹や弟、甥や姪、その子供達と餅つきをしています。今は「餅つき機」が登場し作業がとても楽になりました。風情はなくなりましたが、お互いのコミュニケーションの場としてはすごく大事だと感じています。電話やメール、SNSなど便利なツールが発達した現代において直接会っての貴重なコミュニケーションの場の一つです。「笑う門には福来たる」と言います。正月を迎えるに当り一同に集まり美味しい餅をいただきながら笑顔で語りあえば幸せな気持ちになります。年末の「餅つき」は一年の締めくくりとして最高です。新しい年を迎える心構えも出来てきます。「りふぶれ通信」も今年の締めくくりの月となりました。今年もご愛読いただきありがとうございました。まだ少し早いかもしれませんがどうぞ良いお年をお迎えください。感謝!