2018.03.01リフブレ通信

お彼岸

暦は弥生。仲春の候です。三月の声を聴くと、大気が淡い桃色に見えてきて、なんとなくくつろいだ気分になりますね。「山笑ふ」という俳句の春の季語がありますが、山々も淡く笑っているようです。「雲雀より上にやすらふ峠かな」(芭蕉)ちなみに、「山笑ふ」の出自は、中国の詩人である、呂祖謙が著した「臥遊録」に収められています。紹介します。「春山淡治にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く」自然の彩どりを、詩や俳句等で、まるで、一枚の写真のように、表現できる才能に憧れます。「山路きてなにやらゆかしすみれ草」(芭蕉)この句も春の野道を自分が歩いているようです。そして、今月21日は、春分の日、お彼岸の中日です。この日は、お日様が、真東から真西に沈み、昼と夜の長さが同じです。なんだか、ご利益がありそうな日ですね。「暑さ寒さも彼岸まで」少しづつ暖かくなってくるのが楽しみです。▼「お彼岸や末寺の尼ぜ本山へ」(星野立子)彼岸は仏教用語であり、サンスクリット語の「波羅密多」からきたものといわれ、煩悩の世界である「比岸」にある私達が、六波羅密の修行をすることで、悟りの世界「彼岸」に到達できるというものだそうです。六波羅密は、仏道修行の徳目であり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧をいいます。どれも大切な徳目ですが、布施が最も重要だそうです。すみません。少し理屈ぽくなりました。▼二十代の頃、偉いお坊さんの説法を拝聴したことがありますが、その時に教えて頂いたのが、布施のなかの「無財の七施」でした。無財。つまり一円のお金も使うことなく、人様にお布施ができるというものです。この時は感銘を受け、実践していこうと思ったものでしたが、何せ若輩であり、知識だけのものとなり、却って消化不良してしまい、つまらない自分になってしまった苦い経験があります。「論語読みの論語知らず」とでもいいますか、鍵山秀三郎先生の教え「百薬の典経、日下の燈」まことに、恥ずかしい限りです。▼その「無財の七施」とは、眼施(いつくしみのまなざし)、和顔施(おだやかな顔つき)、愛語施(愛情のこもった言葉使い)、身施(奉仕する姿)心施(共に喜び悲しむ心)、壮座施(席を譲ること)、房舎施(雨風をしのぐ所を提供すること)と、教えてあります。なんとなく簡単そうでしょう。ところがこれが難しいのです。一度や二度ならまだしも、継続していくとなると、相当の覚悟が必要になります。しかし本来の人間を目指すなら実践するしかありません。考えました。一点突破戦略です。七つのうちまずひとつだけを、徹底することにしました。どれにするかは、内緒ですが、ありがとうと言える素直な心の自分自身(今の私は正反対ですが?)を育んでいきたいと決意しました。「人多き人の中にも人ぞなき人となれ人、人となせ人」という説語もあります。▼今月号はだいぶ堅苦しく、難しくなりました。難しいついでに、聖徳太子の言葉を紹介します。「世間虚仮唯仏是真」世間は虚仮なり唯仏のみ是真なりと読むそうですが、彼岸も比岸も、実は繋がっている。世間(仮の世)も仏の世界も、ほんとうは、全く同時に進んでいる。という教えです。深淵ですね。この一点を明らかにできれば、至極ではないでしょうか。優れたお師匠様に出会いたいものです。▼「正午さす春分の日の花時計」(松岡ひでたか)